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伝統の継承と個性の発露

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こーけし
こけし
なにみてこけし

我が家のこけしたち。
まだ少ないですね。
この後、転校生たちがやってきました。

普段は、まだ本数も少ないので本棚兼CD棚兼こけし棚に格納。
大きいやつは頭重いし落ちたら危ないので下のほうに置いている。

うちは南向きだけれど、日当たりは悪い。
こけしは紫外線で色が褪せるので、日当たりの悪さに感謝。

戦後まもなくとかに書かれたこけしの本を読むと、当時の不便や混乱、貧窮、東北の山村へのエキゾチックな憧憬、そして、こけし蒐集家の熱い思いなどがひしひしと伝わる。
戦後の混沌とした社会をたくましく生き抜いたのだから、人間、なんとかなる。
この混沌のなかで、悲劇の中で、自分の知る、素晴らしい伝統と個性が失われないように。
こけしには鑑賞する喜びや所有する喜びのほかに、研究する喜び・楽しみもあるんだな。

ときどき新しい歌を書こうかと思う。
ギター持っていないとき、なんとなく口ずさんだり。
ただ、難しいなーと思う。
ずっと曲書いていなくてブランクがあるといつも難しいけれど、もっと難しい。
何を歌えばいいかは分かっていたはずなのに、な。
ルールが変わっちゃったのか。
簡単に普通のことでいいのか、簡単に、かなわないことでいいのか。
最終的には、ごくシンプルに。

人間もまた、ただの生き物だなぁと感じる。
特別な人間なんていないし、特別な生き物もいないんだろう。
いいことも悪いことも、バベルの塔も、生き物の欲求の成れの果て。
でも、誰かの生活が、つつましい人間らしい生活が踏みにじられるのは見るに耐えなくて、なんとかしたいと思い、動くことに、「人間性」を感じる。
考えることができるのに、人間性をなくしてしまったら、誰かに平気で危害を加えるようになったら、おしまいだなぁ。

目に見えないものの評価、判断は人によって違ってくるので、すり合わせは難しい。
共有しているものなら、すり合わせは必要。

とか、くどくど考えちゃう今日この頃です。

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おおもり

お昼、480円のから揚げ弁当買った。
炊き込みご飯が大盛り無料なので大盛りにしたが、普通で足りた…。
自分はまだ小食な方だとは思うけれど、男はデスクワークしかしていなくても無駄に大食いなので、燃費が悪いというか。
弁当うまかった。

午後、高円寺のとあるイベントの会議に参加する。
社長が手伝っているのだけれど、出張中なので。
このイベントは日中に人が集まる。
集まった東京の人には、きっとポジティブな気持ちになってもらえると思う。
震災を受けて、開催するかどうか保留になって、まぁ電力も使わないしやめる理由のほうが少ないと思うけれど、どちらにしても今日決まる。

秋に予定されている、自分が仕事上もっと関係しているイベントでは、今年、ひとつだけやりたい企画をやらせてもらおうと思っている。
といっても、自分よりうまくやれる人がいることは分かっているので、自分はお手伝いというか、間をうまく取り持つことができれば。
これもうまく進むといいな。

こけしの経年変化は、陽に当たると木の色が茶色く濃くなってくる以外に、緑、黄といった染料の褪色は朱や墨よりも早い、というのが先日ゆずっていただいたこけしと、資料にたまたま掲載されている写真から分かった。
と、こけしの胴模様に良く描かれている菊や梅を形式化した模様について、赤い菊ってあるのか?というのと、梅に緑色の葉っぱってないよなーという疑問が。
より観念的な植物、あるいは、模様として抽象化された後に、ついつい葉っぱが描かれるようになったのでは、などと推測。
こけしはたのし。

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り・さいくる

ネットで知ったとある人から、震災が縁となって、こけしを数本ゆずり受けた。
もちろん初対面だけれど歳も近く、音楽もやっていて、もしかすると共通の知り合いもいるかも知れない。
最近このBlogで書くことも音楽のことよりこけしの話が多くなってきたので辟易している人もいるかも知れない。
分けた方が有用かも知れないけれど、一人の人間が日々思うこと、触れることに変わりはないので、しばらくはこのままで。
というか、有用な記事にするには、それなりに写真をUPしたりする必要もあろうかと思うけれど、そんな環境にもないので…悪しからず…。

こけしこけしと言われても魅力がいまいちわからんという方には、とりあえずこの本を薦めます。
http://kokeshi-book.jp/

ところで3月11日以降、twitter上で冷静に有用な情報を発信している人を多くフォローするようになった。
その中でも、デーヴ・スペクターのツイートには、はっとさせられることが多い。
いろんな意味でクールな発言の数々の中に、熱い人間性が秘められている。

都知事選の広報誌?見てびびった。
毎回こんなレヴェルだったっけ?

まぁ、日々できることを考えて、やっていきましょう。

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暗い街、別れと出会い

土曜日はまぁいろいろ考えたんだけれど、友人が東京の仕事を辞めて大学時代過ごした香川へ帰ることになったというので、送別会へ。
久しぶりに地元の街。
なんというか、やっぱり…何もないねぇ…。
節電で暗いのかもとから暗いのかよく分からなかった。
京王線、井の頭線とも久々に乗ったら結構混んでいる印象。
友人はオートロックのきれいなマンションに半年ほど前に引っ越したとのことで、2DKで7万7千円くらい。
多摩、すごいなー
駅まで徒歩15分はかかるけれど。
店もまばらだけど。
28年間くらい住んだ街。
友人の音楽好きの同僚も呼んで、音楽聴きながら久しぶりにしこたま飲んで、気がついたら寝床を用意してもらって寝てた。
そういうときにも地震の話とか原発の話するのは相変わらず、どこか信じがたい違和感が。
友達は、そんなに遠くへ行く気はしないと言っていたけれど、再会は、あるのだろうか。
意外と長い付き合いになったけれど、ここ一年くらい疎遠になっていたのは残念。
時折、何を話してよいのか分からない、何も話さなくてもよいような、そんな気になった。

日曜日は荻窪のこけしイベント、ゴンバ社さんのコケノワへ。
ゴンバ社さんの概要はよく分からないまま。
土曜日に行かなかったので、こけし手ぬぐいがなくなっていて残念。
伝統こけし展示を眺めたり、バッジやシール購入したり、写真撮ったり楽しかった。
若いこけしファン、たくさんいるんだなぁ。

夜、土湯のこけし絵付けコンテストに向けて、震災前に届いた白木のこけしに絵付け。
立体のものに筆で絵付けをするというのは、わかってはいたけれど、本当に難しい!
平面でも毛筆は慣れていないというのに…改めて、こけし工人の方々の技術に敬服します。
できあがったものは、ちょっと地味かなとも思うのと、技術がなくて表現したかった雰囲気が伝わるかどうかだけれど、まぁ稚拙さも味になり、全体的には、良かったかな、と。
ただ、見てみると素人の人の絵付けもうまいんだなぁ。
4月にこけしまつりで行くはずだった福島県の土湯温泉。
どんなところなんだろうなぁ。
担当の方は、今、各地からこけしが届くのを楽しみにしているとのこと。
相変わらずできることは少ないけれど、みんなが少しでも何かすること、続けること。
と、自分にも言い聞かせる。

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書けない

最近、いろんなことを考えるんだけれど、発信したり、自分の意見とするにはもうちょっと時間が欲しい。
ので、かなりまとまらないまま、つれづれ書こうかと。

で、音楽、ライブについて書き出したけれど、書いて、消している。
もうちょっとまとまらないとさすがに書けないか。
というか、音楽に限らず、いろんなことについて、自分と近しい人がどう思っているのかは、ちょっと聞いてみたい。
それでも、日々まっすぐ帰宅して、つつましい生活を大切にしているので精一杯の状況。

あぁ、結局なにもかけていない。
ふむー。

ところで地震以来、皆さん情報ジャンキーになっていませんか。ね。
いかにも仕方ないし、多彩な情報が必要な局面なんだな。
それをさえぎるための音楽、だろうか。
時間があれば、写真とか絵とか読書とか、とことん個人的な音楽とか、そういうのがセラピーになる気がする。

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つながり

昨日余震が減ったような気がするとか書いたけれど、やっぱり今朝も揺れた。
東京でこれだから、東北や茨城、千葉の人は本当に疲れ、怖い思いをしていると思う。

あるつながりがあって、会社の一角で福島県いわき市の避難所に救援物資を届けるボランティアの人が作業をしている。
物資の仕分け、準備には思いのほか時間・労力がかかることは実際見ないと分からないものだ。

東京の、自分の家にいてTVを消してtwitterとかも見なければ、震災があったなんて、ちょっと思えない、以前と変わらない日常のようにも思える。
きっと、すべての被災者や、つながっている人たちにとって、醒めない悪夢のような、日常への不条理の侵入。
この時間は、震災前にもつながっているし、地面は被災地までつながっているんだなぁ。

怖いときも感傷的になるときもあるけれど、前向きに動けるときはそうしたいな。
本当にしたいことを考えていけば、何か、きっと、できることがある気がする。

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タイミング

東京では、余震の回数も強さも体感的にずいぶん減ったように思う。
プレート沿いに震源はあちこちで、余震が続いている感じ。
ちなみに東京湾って津波が来ることないのかな?

食品は大手メーカーの食パンやヨーグルトがまだ品薄のようだけれど、まぁ、仕方がないか。
(貧乏人なので、そういうもののお世話になっているわけです)
食品全体で見れば、相変わらず、十分過ぎるほどに恵まれているんじゃないかな。
ほとんどなんでも、好きなだけ食べれるんだから。
不安が過ぎれば、そういったことにも気づくだろう。

そういえば、ということもないけれど、東京以外に住んだことは、まだない。
車に乗れないので、今のままでは、郊外には住めないなぁ。

先週は自転車で仕事に行ったり、どこか気を張っていたのか、週末、なんだかふさいだ感じ。
揺れていなくても揺れている気がする地震酔いもある。
月曜休みでよかった。

こけしだったり音楽だったり、普段の仕事だったり、自分の持てる才能や技術で世の中の人の役に立っている人がいる。
そういったことは、急にできるものではない。
日々の積み重ねや、そのときに準備ができているかというタイミング。
あぁでも、何かやらなくちゃな、という気持ちが、自分の背中を押してくれるかも知れない。

ふさいじゃう気持ちは仕方ないけれど、東京で今、ふさいでいても仕方ないよなぁ、と思う。
人生短い。

ギター、指弾きでちょいちょい練習している。
結局、こっちの方が自分に向いているのかも?

シンプルな生活の中で、シンプルに誰かにものを伝えられるように、もう一歩踏み込みたい。

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現況と距離感、暮らし方

東京こけし友の会のHPに工人さん・産地の状況についてUPされている。
http://www.tokyo-kokeshi.jp/
少しほっとする情報。
(自分は現時点で会員ではないです…)

今回やはり地震による家屋倒壊よりも大津波による被害の方が人命には多く関わったと思われ、こけしはもともとは東北でも山間の温泉地の近くで作っているであろうから、皆さん無事に避難できているのかも知れない。
沿岸でも山間、市街地でも、せっかく震災・津波の難を一度は逃れた人たちに、ちゃんと救援物資が行き渡って、少しでも良い暮らしに戻ってくれたら、と思う。

東京では強い余震が減ったこともあって、職場では少し音楽を聴いたりもしている。
ライブ、イベントの開催については、やれるところではやった方がいいという意見が多いけれど、今の鉄道運行状況や計画停電の影響があって、夜に人を集めるのは難しいだろうなぁ、と思う。
自分はもともとライブの予定なんてないし、観にいくことも億劫な方なので、なんとも言えませんが…。
特に今、報道に辟易して、音楽をもっと聴きたい、なんてことも、個人的には、ないです。
もともとテレビで聴きたい音楽がかかっていたわけでもないし。
音楽との関わり方は、以前とそんなに変わらない。
聴きたければ手持ちの音源は聴ける。
ギターも折れていないし。

なんにせよ、今もネットはつながっているし、寒いけどガスヒーターひとつはついている。
ありがたいことです。
少しこけし読書でもしようかなー。

あ、出勤はまた電車に戻った。
起きられないのと、一般的に都心で働いている人より遅く出社で早く退社と思われるので、昨日は特に混んでいなかった。
強い余震や停電がなければ助かる。

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クールに、タフに

東京の街、地震発生した金曜日の帰りの時点でも意外と落ち着いているのかなと感じたけれど、日に日に落ち着きを増しているのではないかな、と思う。
自宅も職場も今のところ停電していないのと、電車利用はあきらめて自転車通勤に切り替えたこともあるだろう。
スーパーの買占めも、駅に近いところとか利用客の多い一部がちょっとひどくて、そのうち需要も下がり、供給も回復して落ち着いてくるんじゃないかと思う。

まだちょっとした揺れや物音に敏感だったり(悪いことではない)、歩いていてくらくらしたりもするけれど、それなりの備えをしたら、あとはいつもの生活に少しずつ戻っていくしかない。
もともと生活もシンプルな方だと思うし…。
昨日は夜こけしの本を少し読んだり、ギターも触ったりした。
今日はtwitter等で情報入れつつ、普通にCDかけたりもしている。
音楽もいいけれど、本を読んだときの不思議な安堵感というか、なんだろうな。
静かにタフに生きたいです。

…と思ったら千葉で地震が。
けが人等でないといいな。
皆さん気をつけてくださいね。

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人間の美

地震のときは、高円寺の会社で4階建てビルの3階にいました。
揺れは上のほうが大きかったようで、事務所のものがたくさん落ちて、揺れが納まってからドアの外側にあった雑誌など入ったスチールの棚が倒れてドアが開かなくなっていたようで、2階の飲食店のスタッフが開けるのに協力してくれた。
自宅は1階なので、被害は意外とすくなかったけれど、棚からこけしがたくさん落ちていた。


しばらく前から、こけしに大きな興味を持っていた。
こけしは東北6県すべてに産地があり、工人の方にも甚大な被害があったのではないかと思う。
4月には福島県土湯温泉のこけしまつりに行くことも決めていたのだけれど、現地もそれどころではないのでは、と思う。
(土湯温泉に関しては死者・怪我は出なかった模様)
回復の暁には、必ず伺いたい。

人間美・自然美の極みであるこけしの里に、これ以上の被害がなく、あの穏やかな微笑を取り戻してほしい。
もちろん、東北以外のすべての被災地の皆様にも。

津軽の盛さんのこけしには、胴にだるまが描かれている。
これは、自分自身や家族を襲った度重なる苦難を乗り越える想いを込めて、七転び八起きの意味を込めて描かれるようになったそうだ。
これからも辛いことがたびたび起こるかもしれないけれど、人間の強さ、美しさは、そう簡単に消えない。

冷静に、情報を取捨して、判断して、自分と周囲と文化・生活を守りたい。
今日は仕事です。

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心の友

俺はあまり自覚がなかったけれど、社交的な性格ではないので、いや、それだけじゃないかもしれないけれど、友達は多くはないと思う。
でも、今日、数年前に一度会ったきりの心の友から久しぶりに連絡があったので、とても嬉しい気持ちになった。
素敵な友達は増やしたいけれど、そこにいたるにはいろんなプロセスがあるものだ。

昨日もこけし絵付け研究。
しかし、すぐには毛筆はうまくならないわ…
読書も。

興味はいろんなところに行くので、今はこけし。
音楽に向かったり、料理に戻ったり、お酒になったり、これからもするでしょう。
こけし好きな人はどんな人が多いのだろうか。
元来、孤独な人が多いのではないか、とそんな気もした。
自分のナイーヴな弱さを嫌だと思うけれど、がさつで強い人を好きにはならないだろうな。

どん詰まりで苦しい想いをしている人たちの、日々生きるための糧となる喜びは、どんなものなのか、想いを馳せる。
あきらめなければ、誰にも、いつか良いことが巡ってくると信じたいな。

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絵付け

今年はついに花粉症の症状を抑えるため、薬を服用している。
鼻水、くしゃみは見事に抑えられるが、目もしょぼしょぼするなー。
マスクも着用。
この状況で、何もつけずに外に出られる人はすごいなー。
で、薬を飲むと、粘膜が少し乾くようで、のどもちょっと渇いたり痛かったり。
この時期に野外ライブなんぞあったらさぞ大変でしょう。

ヤフオクで、こけしちらっと覗く。
これに手を出したら破産だな、うん。と自分に言い聞かせる。
こけしは同じようで、すべて違うので、一期一会、手に入るときに、お気に入りを見つけていきたい。
他の方の所有しているこけしコレクションを見ると羨ましいけれど、1本1本が違うもので、集める人の好みもある以上、それぞれがそれぞれのコレクションを充実させる、それしかないのです。
1本でも、1万本でも、こけしはこけし。(等価ではないにしても)
アナログにしか作れず、厳密なコピーは存在しないのが、レコードとかの複製芸術とはちょっと違うところだな。

昨日、土湯温泉のこけしまつりで開催される、こけし絵付けコンテストのための白木のこけしを送っていただいた。
まずは筆で紙に練習…と、これがすでに難しい。
絵を描くのは好きでも、書道も、水彩も昔から苦手だったのだ。
さらに立体の、曲面に絵付けするとなると、相当難しい…。
まだ本番の絵付けはしていないけれど、木がどのくらい滲むかもわからないし、見るも無残なものになったらどうしよう…。
どうも、うちの宇宙犬の方がはるかに絵付けのセンスはありそうです。

昔の人は、生活の中に当たり前に筆があったはずだけれど、今はそういった機会も少ない。
こけしも実際に温泉地で買われるものではなくなってきているだろうし。
こけし工人は昔は、様々な木地製品を手がけて、その一環でこけしも作っていたようだけれど、そういった木地製品も、自分の生活の周りからは減っている。
特に自分のルーツが東北にあるわけではないと思うけれど、こけしを通じて、江戸末期~明治~大正~昭和と歴史や風土を学ぶ機会になっているのは、なかなか面白いこと。

今日は携帯を家に忘れてきた。
なんとなく気分が滅入りがちで調子が悪いここ数日。
花粉はもう飛んでいるのだし、早く暖かく、春らしくなってしまえ、と思う。
ギターも抱えていない。
音楽に、もっと自然な欲求が湧いて、いい距離感になるのを待っている。
とはいえ、今日は弾くかな。

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愛蔵こけし図譜

今日もこけしの話。
最近、音楽のことを考えたり勉強する時間が多かったので、しばらくクール・ダウンでしょうか。
ブルースとか、通じるものはあると思っているんだけど。

宇宙犬が図書館でこけし本をたくさん借りてきた。
中でも、画家の武井武雄さんの「愛蔵こけし図譜 復刻版」は、素晴らしく美しい。
復刻といえども限定700部の特殊な装丁のものなので、果たして全国の図書館にあるものなのだろうか?
そしていま古書として出回ることはあるのだろうか?
どんな本かというと、モデルである伝統こけしを、版画に写し取っているのだけれど、版画の作品集としても完成されたもので、色調も凝っていて、単なる資料の域を超えている。
武井武雄さんの家も、この図譜に収められたこけしの数々も、戦災により焼けてしまったらしい。
こうして今でも図版が残っているだけ良かったとは思うけれど、なんともやり切れないことだ。

というわけで、しばらくは、伝統こけしに学び、愛でる生活が続きそう。
それをそのうち何かに活かすことができたらいいな。

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こけし工人伝

図書館で借りた「こけし工人伝」(土橋慶三・著)を読み始めた。
一人ひとりの名工に寄り添うようにして書かれた話なので、全体を俯瞰するという内容ではないけれど、とても面白い読み物。
伝統はいかにして受け継がれ、また、その中から各人の色が出てくるのか。
そして、ときに波乱万丈・破天荒な工人のエピソードはブルースマンや文豪、画家の伝記にも劣らず面白い。

伝統こけしの興味深いところは、文字通り伝統が家系のものを中心に受け継がれていること。
そして、時に、父のこけし、子のこけしの現物が手に入ったりする。
マトリョーシカは主に工房で製作して記名性が薄く、伝統が守られづらい部分もあるけれど、こけしは系統の違い、師匠による型の違い、工人の違い、さらには個体や年代の違いと楽しめる。
なーんていっても、まだまだ比較検討するほど手元にこけしが集まっていないのだけれど…
つまりは、ずっとずっと、長く、深く楽しめる対象なのだと、認識した次第。
そして、よいこけしは、見れば見るほどに不思議と癒される。

お金も時間も有限だけれど、長くこの伝統と美を愛するために、あせらずたゆまず、理解を深めていきたいなーと思っています。

4月にはこけしまつり開催に合わせて、福島は土湯温泉に行ってみます。
こけしの生産地としては東京に近く、安く行けるというのもあり。
実際にこけしを購入するには、通常はこけし専門店に行くのが一番よいみたいだけれど、何しろ現場で伝統を感じることができそうで楽しみです。

今日のBGMはキース・ハドソン~のPREFAB SPROUT。
やっぱり好きだなープリファブ。
胸が熱くなるキラキラ感。

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こけし・マトリョーシカ・ロックンロール

土曜日、日帰りで鎌倉へ。
電車苦手な二人組なので、湘南新宿ラインのグリーン車を利用。
行きに最寄り駅でグリーン車の券を買うのに手間取ったり、そもそも起きるのが1時間半も遅れてぐだぐだのスタートだったけれど、グリーン車は往復使って、とても快適だった。
ちょいとお金はかかるけれど、あまり電車移動得意でない人は是非。

北鎌倉では念願のこけし専門店、民藝おもとへ。
お茶をいただいたり、お店の方が昔、今自分達が住んでいるところの近所に住んでいたことがあったりで、色々と話も弾んで長居してしまった。
いつもお客さんには、用事を済ませて最後に寄るように言っているそうな。
それだけ居心地がよい。
こけしも、古道具屋で見るより安くて綺麗な中古品が多いし、数も多いから比較検討できる。

その後、これまた憧れの?カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュで遅めの昼食とコーヒー。
初めて行きました。
出来た当初と今では変わった部分もあるかも知れないけれど、うまかったし、こちらもまたゆっくりしたい。

で、雑貨屋さんやや駆け足で何店舗か見て、後ろ髪ひかれつつ、今度はコケーシカへ。
こけしとマトリョーシカ、そしてその相の子、コケーシカとマトコケシが並び、壮観の店内。
こけしは北鎌倉のおもとでそれなりに買って来たので、こちらではオリジナル商品の夫婦リョーシカを購入。
コケーシカ展覧会の図録も買いました。

あわただしくも、楽しい鎌倉で、やっぱりこけしは良いなーとスイッチ押されまくりの旅。
この記事も全くもって駆け足。
写真とかなくてすみません。

昨日は西荻窪の骨董屋でこけし眺めたり、こけし屋別館でコーヒー飲んだり、なんだか余韻にひたる一日。

そのあとでリハスタ個人練習に入ったけれど、なんともいえない出来で、今後の練習・パフォーマンスには一考を要する、といった感じ。
自分の感性が変わって、以前と同じでは気がすまないのかも知れない。
ローマへの道は一日にしてならない。
にしても、とは思うけれど、課題が多いのは、これからやれることがたくさんあるということ。
気を取り直して、楽しく続けられるように頑張ります。

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今月の目標

今月は、これまで得た知識を実際の演奏や作曲・アレンジに活かすことに注力しよう。
これにより、また改めて知りたいことも出てくるだろうし、必要な知識が定着して、自然に扱えるようになる、と。
はじめはゆっくり時間をかけて。
今の段階でも、実際の演奏の中でやってみたいことはたくさんあることがわかった。
並行して、必要に応じて勉強もします。

まだまだ寒いけれど、晴れているので気分は少し明るい。
どうしてだか分からないけれど、暖かくなったりすると、前向きな気持ちになるようだ。

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I Want To Sing

今気がついたのだけれど、机の上に立てかけていたcochaeのこけし折り紙がいなくなっている。
誰か持っていったのか…ずっと置いていたので、ゴミと間違えて捨てられたのか…
とてもせつないけれど、32歳の男が「僕の折り紙どこですか!?」と仕事場でわめくと人格を疑われそうなので平静を装っている。
と、ここまで書いてちょっと前に自分で持って帰ったような気もしてきたけれど、かばんには入っていない。
はて…

昼食べるときに、「音読(おとよみ)」という京都のフリペがあって、京都のライブハウス、拾得の特集。
中に、オーストラリアからきたミュージシャンがライブやるときに、お客さんが0人だったので、マスターが従業員と一緒にオクノ修さんの店に連れて来て、自分達がお客さんになってライブをやったっていうような話が出ていた。
敢えて、自分の店じゃなくて、他の店に行って、ちゃんとまっさらのお客さんになるっていうのが凄い。
自分みたいにお客さんの入らないミュージシャンにとっては、泣いちゃいそうな話。

前回のライブが1月だったので、また歌いたいなぁというか、月に1回でも2ヶ月に1回でも明確に目標があったほうがいいなと思っている。
お客さんが少しでも来てくれるなら、あんまり時間かけずに、さりげなくライブできたらいいな。

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成長するってこと

歯の治療による(って1本も抜いてないけど)顔の腫れも落ち着きつつある。
まだ痛いけど、腫れの範囲は減っている。

昼は中華弁当。
350円で量もあるし、おかずのヴァリエーションもある。
片栗粉を使うと、やっぱりソースの味が素材に絡むなーなどと考える。
料理を自分で考えながら作ると、脳の活性化につながるし、待たなければいけない工程や、早く判断するところもあるし、待つこと、決断力も身につくのでは。
子供は料理を自分で作ると、食にも興味が出るし、感性も豊かになるんじゃないかなー。

音楽もできれば早く、興味が出た段階でやってみるといいね。
一度挫折しても、音感とかは早くやったほうが確実に良くなるだろうし。
音楽理論を勉強するかたわら、疲れた心を癒すのは、ゆるい、シンプルさを持った音楽だったりする。
ラジオでかかる音楽は、なんというか、無駄な音がない(ようでいて、ほぼ無駄な)音楽が多い。

昔からものを作ることに興味があったと思う。
それによってコミュニケーションをとるとか、既存のものに従って完成度を高めるとかいった方向にあまり興味が向かなかったことが、今の自分には不利に働いているかも知れないけれど、本質的なところだけに興味がいっていたのかも知れない。
音楽でも文章でも漫画でも、自分にできることはやるべきで、楽しんで続けていかなくちゃな、と思う。

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決意

最近なー、ちょっと行き詰ってるな。
作曲とか全然していないしな。
あっ、3月になったね。
今の仕事も基本的に1ヶ月サイクルだし、何か反省したり計画したりするのに、月が変わったことを活用して修正していきたい。
音楽の知識をつけたり、それを演奏やら録音やらに反映してくのは、1年でそれなりに成長が見られればよいことだろうし、実際のところ、それって、ずっと、生涯その人のそのときのレベルに応じて続いていくものなんだろうな。
だから、あんまり未熟さにとらわれて何もできなくなってはいけない。
うーん、まだ、その時ではないんだと思って、焦っているわけでもないんだけれど、やっぱり形に残るものを作ったりしたほうがいいな。
ライブも共演者とか、イベントとしてその1回のライブにスペシャル感が出せればもちろんまたやりたいし、呼んでいただければそりゃーありがたいです。

と書いてきて、やっぱり今月の目標もちょっとあやふやなくらいなので、いかんね。
大きな目標にいたるペース配分とか考えて、クリアにしていった方が、成果につながるでしょう。
もう春、という感じはしているので、なんかやるようにしよう、うむ。

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