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今更ではあるけれど、たいていのBlogにはタイトル欄がある。

カテゴリーなんてのもある。

自分の場合は、カテゴリーなんて書いている間にあれもこれも混ざってしまうし、特に意味はない。

で、最近、ココログで投稿すると、Twitterにも反映するようにしているので、そちらで見た場合に、タイトルはむしろ不要な気がしてきた。

昨日うっかり無題で送信しちゃっただけなんだけどね。

そもそも、家でノートに書き付ける日記には、タイトルなんてつけない。

タイトルをつけるということは、Blogは、ちょっとコラム的な気持ちでみんな書いているのかな。

というか、何について書いているのか一目瞭然にする、整理する意味もあるんだろうし、検索のときにタイトルに重み付けがされるとかいうこともあるのかも知れないけれど、しばらく、無題で行ってみようかな、と思う。

で、タイトルが無題で表示されるのであれば意味がないが、どうも本文がそのまま表示されるようになるので、これまでより内容に興味を持ってもらえるかも知れない。

さて、最近気になっていることといえば、洗練と素朴の間の、気持ちよい部分。

これ以外にも評価する軸があるのかも知れないし、他にいい言葉があるかも知れないけれど、とりあえずこれで。

アートとしてわかりやすいのは、テクニックが優れている、より実物に近く描写できる、人より速く正確に演奏できるとか、そういうことだとして、対極には、子供の絵とか、いわゆる初心者のような演奏とかがあると思う。

なんだけれど、実際に心地よさを持っていて、身近におきたいものって、どこか素朴さがあるものなんじゃないかなーと。

その素朴さは、洗練が続けば失われるものだし、退屈にもなり得るし、そのブレンドされたところの、見て聴いて、単純にスリリングなポイントっていうのが気になる。

といって、洗練だけでも退屈になるのはみんな知っているところだし、その混じり具合による複雑さ、がおいしいってことになるのかなぁ。

まぁでも、黙っていると素朴さはどんどん淘汰されてしまう世の中なので、ちょっと今、そっちに肩入れしちゃったりするわけです。

民芸とか伝統的に作られている服とかも気になるけれど、特に懐古趣味というわけではないと思う。

古けりゃいいっていうのは、自分もどうせそのうち古くなるのだから、当たり前というか、あんまり好きじゃない。

あ、昨日の夜は野暮ったさがキーワードだったんだけれど、素朴という言葉にいつの間にか置き換えていた。

長文になりました。

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