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ワークとライフの相互作用と市場における芸術だとか

通勤の行き帰りの電車で、ずっと本を読んでいる。
通勤時間でも、自分のために時間を使っている気がして、充実感がある。
あまり趣味的な本じゃなくて、個人と社会の関係性に関する本を読んでいるから、それがいいのかも知れない。

一日の時間は、どんな仕事をしていても24時間。
2日サイクルとかで働いている人でも、とにかく決まった時間の中で、プライベートな時間と、社会の中で労働する時間があると思う。
労働時間が長過ぎると、プライベートなことに全く時間を割けなくなるのでストレスや不満が溜まるのは当然のこと。
仕事のために生活している訳ではなく、生活のために仕事をしているというのが普通だろう。
それでも平日は無理でも休日にはしっかり自分のために時間を割くとか、平日でも働きながら自分に投資できている感覚があれば、うまく仕事と生活のバランスはとれていると感じるのではないか。

で、今気になって考えているのは、仕事をしているときも、恋人といるときも、遊んでいるときも、同じ一人の人間がその時により違う役柄を演じているようなものだということ。
例えば仕事の時間なのに趣味のことばかり気になってしまったり、恋人といるのに仕事のことばかり気になってしまったら、疲れるだろうな。
すっと自然に切り替わったら疲れないだろうけど、極端に仕事が忙しくて家族と過ごす時間がとれなかったら、やっぱり仕事中もそのことを考えたりして、仕事が嫌いになったり、生産性が悪くなりそうな気がする。
自分なんかは収入がなさすぎてプライベートで買うことを我慢し続けるというストレスがあるんだけど。
しかし、仕事でも母としての視点が役に立ったり、趣味にも仕事で得た観点が役立ったりするだろう。
仕事と生活が支えあう関係にあることが感じられたら、いい状態にあると言えるのじゃないかな。
しかし今の日本では、求人も少なく、歳をとってからのリスクも考えないといけないし、大変だなぁ。

アートも社会に受入れられることばかり気にしていれば、通俗的で、平均的で、アートとは言えないものになるんじゃないかな。
アートはやっぱり個人の深いところで作るものだと思うけど、それが他人の深い共感も得られるかどうかと、それをどうやって多くの人に伝えるか、そこがクリアできたらいいのかな、と思う。
それは相反するようで実は関係があって、個人と社会の話に近付いて行くのかなと考えている。
社会に溶け込むには、スマートで洗練されている、無個性なものの方がいいかも知れないけど、ビジネスで儲かるにも、アートで評価されるにも、独自性や新しさが重要なのではないか。
そこは矛盾しているようだけれど、それを受け入れさせるために必要なのが、相対的な質の高さであったり、消費者の潜在的なニーズにマッチしていることだったりするのかな。
音楽に関しては、自分の審美眼や、本当に伝えたいメッセージで作るだろうけど、こうして考えていることが、少なからず影響してくると思う。
その結果として、今まで以上にぐっと来て面白くて、揺さぶられるものを作ります。
じゃないと意味ないじゃんね。

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