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南瓜のポタージュ

何だかこう、急に年末ムードが押し寄せてきて、ついていけてない感。
最近はずっとそうだな。
今年も早かった。
個人的には、振り返ると、辛いこともあったけれど、結構楽しい一年を過ごさせてもらったと思っている。

昨日は出かけるときに豊田道倫の「しあわせのイメージ」聴いてた。
「東京の恋人」はあんまり好きじゃないと思ったけれど、多分同じ様な作りをしているはずの今作は好き。
自分の耳が変わったのかもしれないから、また「東京の恋人」も聴いてみよう。
バンド・サウンドになっても、もともとほとんどのライブはギターと歌でやっているからか、絶妙に歌とバックの演奏に距離感があって、それが宅録っぽくもあって、気持ち悪くて気持ち良い。
ポップに作っても、歌の存在感とかが余計に際立っている感じ。

今日はいつものブック・カフェの今年最後の客になった。はず。
心してくつろいだ。
セットについてくるスープが、好きなカボチャのポタージュだったので嬉しい。
カボチャ自体はそれほど好きなわけじゃないんだけれど。
洋風な味付けの方が好きなのかも知れない。
シンプルなバナナシフォンもおいしかった。
年末年始用に、村上春樹の本を数冊借りてきた。
1冊100円で有料だけれど、買ったって何回も読まないことを考えると、物が増えなくていいかな。
図書館よりは返しやすいし。
作家にとってはよくないかも知れないけれど、村上さんはもう十分お金持ちだろう。

明日は大晦日。
竹野くんは誕生日だ。
大掃除とかするべきですかね…。ですよね…。
多分、ちょっと出かけそう。

来年はお金が欲しい。
あと、ライブにちゃんと集客できて月に1回くらいできたら物凄く嬉しい。

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BEAUTIFUL WORLD

1月6日(日)のライブ出演は2番目の19:40~です。
場所は阿佐ヶ谷のネクストサンデー。
新年早々だけれど、とても落ち着く上にチケットもビールも安い、素晴らしいところなので、是非遊びに来てください。
「あの夜」で観てくれた人も、違う選曲やアプローチを見せるので、是非!来てください。

おとといはサチちゃんの家でごちそうになってた。
色々作ってくれたけれど、全部おいしかった。
お酒も弾んだ。
二人といるときは、あんまり酔わない。
竹野君が北九州に帰る前にいろいろ話ができてよかった。
お互いの録音の話とか、作曲の話、ライブの話、生活の話、恋愛の話、だろうか。
ロバート・ワイアットの新作を聴いて、NRBQを聴いて、ムンズの新作を聴いた。
「LIFE IS BEAUTIFUL」の2曲目はSUNTRONIXをパクったということだけれど、うーん、どうかねぇ。
竹野君がやれば、なんでもオリジナルになる。
お互いパクらなくてもコード進行の好みとかが似ているし。
俺は光栄です。
このアルバムは難しいけれど、じっくり聴けば分かってくれるはず、という竹野談。

おいしいものを食べて、お酒を飲んで、楽しい話ができる。
ひととき、ものすごく幸せだった、と思う。

きのうは二日酔いでもないのに起きれなかった。
ふにゃふにゃと電話に出たり、ごろごろして過ごす。

今日は新宿に通院。
行きはミルコンの新譜を聴いて、帰りはムンズの新譜を聴いた。

ミルコンのアルバムはちょっと「PET SOUNDS」みたいな位置づけだと思う。
ミルコンの頭で展開する万華鏡がそのまま鳴ってるような。
カラフルでファンタジックで、圧倒的にピュア。
女の子の優しさ、たくましさ、儚さ、しなやかさ、怖さ、そういうものがぎゅっとつまってると思う。
収録されているノイズも含めて全てミルコンだという注意書きは、まさしくその通りなんじゃないかな。
全ては、ミルコンがただ正直にやりたいことをやっているからこそ、ぞくっとする瞬間がある。
余談だけれど、Hi-Fiレコードのメルマガにもミルコンのアルバムが紹介されていた。
何となく嬉しい。

ムンズは確かに問題作にも聴こえるし、ただただ真っ直ぐなだけにも聴こえる。
「ライン」では、やさぐれてみても、眩しいくらいに青春のにおいがあったわけで、あれは名盤だけれど、今同じことをやっても名盤にならない気がする。
「STILL ALIVE」では、さよならの影が忍び寄ってきたのかもしれないけれど、豊かなメロディと情感がメロウな印象を与える。
で、「LIFE IS BEAUTIFUL」。
どん詰まりのやぶれかぶれでもあり、バカ騒ぎでもあり、張り裂けるようなものもあって。
暗闇にろうそくが1本あるような感じ。
頼りないような、頼りがいがあるような。
”ラブソング2005”は、メンバー3人で一緒にコーラスを録音したというのが、ちょっといい話。
がさつなようでいて、ときおりメロディを思い出したりして、いつまでも気になってしまうのが悔しかったりする、そんなアルバム。
どうしようもなく酔っ払って、電話をかける相手もいない、けどあいつに電話したいな、という朝方に聴きたいようなアルバム。
半年くらいしたら、また聴こえ方も違うのだろうか。

そういえば今日で働き納めだ。
冬休みは、沢山歌って沢山ギターを弾いて、沢山感じて、沢山考えるぞ。
みんなもそうしよう。
そうしよう。

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12月22日~24日のこと

22日は千駄ヶ谷Loop-Lineでザ・ムンズからパンツ小精、ミルコンを迎えてのイベント「あの夜」やってきた。
普段はギャラリー・カフェなので、ギターアンプも譜面台もないということなので、持ち込み。
結局、自分の計算ミスや怠慢もあって、お客さんは少なかったけれど、ライブ自体は良いものになったと思う。
ライブが良かっただけに、もっと多くの人に見せられなかったことには後悔が残る。
来てくれた人、CDを購入してくれた人、出演してくれた竹野君とミルコンには本当に心から感謝しています。
客入れと転換のときにかけていたCD-Rも、ジャンル問わず色んな曲をかけていたのだけれど、かかるタイミングとかが思いのほかあっていて、良かったと思う。
手前味噌。
「あの夜」の写真。
暗くてすみません。
http://suntronix.cocolog-nifty.com/photos/20071222/index.html

竹野君はエレキで弾き語り。
無善寺でのソロライブよりも良かったと思う。
歌のスケール感もあるし、それでいて、会場とのバランスも相まって、家でやっているようなプライヴェート感も感じられ、かなり興味深い、竹野ファンにはたまらないものだったのでは。
ポップな曲の崩し方も面白い。
あの曲がああなるんだ、という。
歌にしても、演奏にしても、とにかくミニマムからマキシマムまでのダイナミクスがでかくて、表情豊か。
初めて聴く曲もあったし、毎回セットリストも全然違うのだけれど、作曲の水準が高いから、短い期間に何回もライブを観ても、まだ観たいと思える。

ミルコンは、当日のリハで初めてアンデルセンズの小野崎さんとあわせて、そのまま本番も一緒にやってくれた。
小野崎さんは、床に置いた小さなVOXのアンプ(くにつぐ君ありがとう)をモニターするためか、床に寝転がって演奏。
これはリハからやっていて、スタッフの人に、真顔で「本番もああやってやるんですか?」と聞かれたのが面白かった。
ミルコンのライブは初めて観たけれど、繊細でポップでファンタジック。
ミルコンも慣れない俺のギターで、しっかりやってくれた。
作詞・作曲して弾き語りする女性ミュージシャンの中でも、真にクリエイティヴなアーティストだと思う。
ミルコンのライブ中、観客席でムンズの宮本君が疲労から熟睡してしまい、椅子からズターンと音を立てて転倒。
竹野君が爆笑しながらつっこんでいた。

俺ライブは、竹野君とミルコンに負けないように、頑張ってやってみた。
録音ができなかったので、自分でもよくわからないけれど、あとで聴いたら評判良かったので嬉しい。
途中、竹野君から「多摩ニュータウンの木根尚人!!」と声をかけられる。
曲は1時間で新曲中心に多分13曲やった。
セットリストは最初にやる曲しか決めていなかったので、そこからは竹野君がいつもやるように、ノートを見ながらその場で作っていった。
やりたいことはやれたし、いつも以上のことができた部分もある。
次のライブが1月6日と近いけれど、今回の成果をそこで実感できると思う。
成長するためには、こういうタフなライブをこなさないといけないんだろう、と思った。

ライブ後、ムンズは新作のジャケがまだできていない!ということで、ジャケット撮影会。
それから軽く打ち上げるつもりが、千駄ヶ谷に詳しくなく、店も少ないので歩いているうちに代々木に移動。
代々木で飲み始めるも、土曜日で終電が早いので、結局諦めてクニツグ君と朝までコース。
このことで23と24、大変苦しむことになった。

23日は疲れすぎて、ほとんど眠れない状態のまま活動した。
渋谷LUSHでラプソディを観て、色んな人に再会。
ニーネ、初めて観たヤマジカズヒデのライブも素晴らしかったけれど、あえて書きたいのはムンズのライブ。
ファンの贔屓目もあるけれど、あの状況でできる究極の、完璧なライブだったと思う。
狙って打った場外ホームラン。
外野も消えていくボールを見守るしかないんだ。
竹野君はソロも良かったけれど、ムンズでメンバーの協力を得て、本当にぎりぎりまでフリーになれる。
途中、歌いながらマイクが動くのを追いかけてくるくる1周して、前で見ていたニーネのサダさんがマイクを直す間もそれを追って動きながら歌っているのが面白かった。
あんな人、他にいない。
にいさんのドラムは今までよりもさらにシャープに、ダイナミックになっていたんじゃないかな。
ミルコンがどっしり支えて、宮本君は時間内にライブを終わらせること自体をパフォーマンスにしつつ、「サーフズ・アップ」では転がりながらの絶唱。
「ラブソング2005」では多分宮本君がドラムを叩くはずだったんだろうけれど、にいさんがドラムを叩いて、宮本君もフロントでミルコン、竹野くんと3人並んで歌った。
最後は宮本君の「撤収!」の言葉でライブ終了。
ムンズは究極のアマチュアなのに、究極の「どプロ」集団だった。

前日無理したので、ライブ後はふらふら。
水庭君には本当に申し訳なかったけれど、さくっと帰らせてもらった。

24日も結局疲れすぎてろくに寝られず。
目をつぶると、考えるつもりが無くても負のイメージがぐるぐるする。
朝からふらふらで東京の街を徘徊。
歩きながら気絶しそうになる。
代官山、恵比寿、渋谷。
東京の街で落ち着くのは難しい。
冬だし。
クリスマス・イヴだし。
心身ともにぼろぼろの状態で、そばにいてくれる人がいて、心底ありがたかった。
帰宅してからは、薬を飲んで、朝まで寝続けた。

今週は、一度ずたずたになった心と体の筋肉を回復することにつとめます。
回復したら、成長する。
そのことを楽しみにしよう。

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いよいよ明日22日、「あの夜」!!

いよいよ、明日です。
千駄ヶ谷Loop-Line。
18:30開場。
「あの夜」
待ってます。

事前に予約していただいた方には、予約席を用意するつもりです。
当日に物凄くお客さんが入ってきた!みたいな場合はスタンディングになるかも知れませんが、まあ多分ないでしょう。
昨年?のムンズ無力無善寺ワンマンではお客さんいっぱい入って途中からスタンディングになったけれど、あれは豊田さん効果だったのかな。
いつの間にか、バムブルビーの掲示板にもこのイベントの予定が入っていてびっくりした。

ミルコンは、前のはカセットだったから、初CDなんやね。
ちなみにムンズの新作CDは、23日に水庭君のイベント、ラプソディVol.5で発売です。

友達に、もうすぐライブなのに緊張しないの?と聞かれていた。
そのときは、まだ実感わかないしね、とか答えていたけれど、今日の昼くらいから徐々にテンションが上がってきた。
別にきっかけも何もないのに、不思議なものだ。
緊張とかナーバスな感じではなくて、やったるぜ的な、生命力が強くなってくる感じ。
このまま行けばいいのだけれど。
当日は、酔っ払いすぎに注意。

まあでも、やることはやったんだ。
あとはフライヤー打ち出してCD-R焼きます。
狭い空間だから、出演者もお客さんも、「あの夜」の一部。
ホームページもそうだし、ここに至るまでも、そのあとも。

「あの夜」を一緒に楽しもう。

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僕のしあわせ

リハスタで練習してきた。
できる曲が増えているから、今回は前もって選曲しなくても平気かな、と思う。
楽しみだし、盛り上がっている。
22日に漏れた曲は、来年1月6日の阿佐ヶ谷ネクストサンデーのライブでやろうと思う。
ネクストサンデーはいいライブハウスなので、来年拠点にしたいと勝手に思っている。

豊田道倫の日記で、新作のPVが2曲紹介されている。
「しあわせのイメージ」はまだ買っていないけれど、凄く好きなんじゃないかと予感している。
なんか、凄くフレッシュで胸がわーっとなる感じ。
PVもいい。
こういう意味のあるPVでなければ、作らないほうがマシとすら思う。
「東京の恋人」はそれほど好きではなかったのだけれど。
「SING A SONG」は最初良く分からなかったけれど、すぐに好きになった。

北九州にはまた行きたいと思っている。
来年、少し無理してでも行きたい。
ライブもできたらいいな。
竹野君にお願いしよう。

歩いているときなんかに、時々はっとするほど寒々しい光景に出くわすことがある。
実際の温度よりも冷たく感じる。
そして、俺がポジティブな生を実感するのは、恋人や友達や音楽のことなんかを考えるとき。
生きているけれど、生きていない時間もある。
もし君が今生きているのなら、明るく楽しく生きて欲しい。
生きているうちしかできないのだから。

そういえば、竹野君の吹くハーモニカは、エンケンやニール・ヤングの音だよね。
女の人がみたら、とてもセクシーなんだと思う。
そういうことが分からない人は、少し寂しいと思う。

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幸福感

新宿で通院。
先日の採血の結果を教えてもらった。
丁寧にひとつずつ教えてもらって、特に問題なくて、すい臓の働きの数値がもともと高いんじゃないかとのこと。
どちらにしても、今のところ問題はないそうだ。
健康だと、少しがっかりすること、あるよね。

今日は移動中、友達に借りたCDを聴いた。
エッタ・ジェイムズの熱いソウル・アルバム。
TELEVISIONのトム・ヴァーレインのソロ・アルバム。
はてさて、持ち主は何を思ってこのCDを買ったのか、聴いたのか。
俺とは違う物語と、同じ景色が、あったのか、無かったのか。

サチちゃんに借りた「スプートニクの恋人」読み終わった。
なんだか最後までむずむずしたまま終わるような、それでいて(それゆえに)読み終わった気がしないような、不思議な読後感。
昼にクニツグくんと話したら、村上春樹の文庫になった長編は全部持ってるんじゃないかとのこと。
灯台下暗し。

前回ライブをやってから2ヶ月くらい?沢山曲を書いたし、店ブッキングじゃなくて自分のイベントだから雰囲気も随分違うだろうと考えている。
色んな曲を練習している。
昨日はイベントのことでミルコンから電話がかかってきた。
お芝居なんかのように周到に準備するものではないけれど、イベントの時間に向かって動いているのは事実。
出る人も、観る人も楽しんで欲しい。
それに自分も楽しめたほうがいい。

心理学でアサーションという用語があって、企業の内部統制の用語にもあるのだけれど、今回は心理学の話。
どちらもよくわかっていないのだけれど。
コミュニケーションの方法として、4種類あって、
1.自分が幸せで相手も幸せ
2.自分が不幸せで相手は幸せ
3.自分が幸せで相手は不幸せ
4.自分が不幸せで相手も不幸せ
みたいな。
興味がある人は自分で調べてくれたらよいと思います。
で、1のコミュニケーションが理想的とされていて、2の場合は、自分の欲求を抑制している。
俺も身に覚えがあるし、誰かの話でも覚えがある。
結構あるんだよな、と思う。
あと、プライヴェートではうまくいっていても、オフィシャルなコミュニケーションになると2になる人もいるんだって。
それも身に覚えがあるなぁ。

大体素直に話しているつもりだけれど、本当に全てを話すことに抵抗がなくて、自分を預けてもよい相手は限られている。
同じ匂いのする人たち。
どっか影がある。
影がない人は、俺には眩しすぎるな。
サングラスがいるよ。

全ての人と分かり合えるのではないけれど、壁を作ると生き辛くなるのは事実なんだろう。
俺の好きな人が幸せであればいいな、と思う。
と同時に、俺も幸せであるに越したことはない。
そうであればいいな、と思う。

22日のイベント「あの夜」に向けて、自分に課した作業はまだ2、3残っている。
頑張ります!!
遊びに来てください。

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世界のルール

昨日は高円寺の無力無善寺で竹野くんのライブを観てきた。
だらっとお客さんに話しかけながら、ぐっと来る、いい歌を歌った。
じゅんちゃんは会うたびに綺麗になるので、女の子って凄いなぁと思う。
ウタムラミカちゃんとも少し話した。
お客さんは少なかったけれど、途中でパラガ豊田さんも来場。
「パラダイスガラージと結局俺は会ったんだ」と熱唱する竹野くん。
途中からカーマイン・アピスみたいに(よく知らないけど)手でドラムをどんどこ叩きながらお客さんにコーラスを要求して、誰も乗ってこない竹野くん。
クリスマスの歌もかわいくて良かったな。
最後に22日のイベント「あの夜」の告知をさせてもらったけれど、もうちょっと余裕をもって、ライブの雰囲気が伝わる話ができれば良かった。
終わってから、水庭君も下北沢から自転車でやってきて合流。
中華の安くてうまい居酒屋?で軽く打ち上げ。
といっても、帰りは本当にぎりぎりの終電になって怖かった。

今日は会社が終わってからカウンセラーとの面談などで3時間ばかり話して疲労困憊。
どんなに長く話しても疲れない相手もいるけれど、会社関係で人と話すのが苦痛になってきていて、俺自身が避けていることもあるのに気付いた。

世界を作るルールについて考える。
愛と重力が大きなルールと考える。

「あの夜」で歌う竹野くん、ミルコン、俺に共通しているのは、ロマンチックな歌が多いってことじゃないかなー。
ギターを弾いて、自分の歌を誰かに聴かせるなんて、相当ロマンチックだよね。
結局は、歌う人がいて、聴く人がいるだけのイベントだけれど、何かが違ってくるはずなんだ。
それぞれどんなライブをやるのか楽しみですね。

君にもきっと、「あの夜」はあるはずなのです。
眠る前のほんの少しの時間だとか、旅先のホテルから眺める景色だとか、雨の車窓を眺めつつとか、そういうことです。
俺はよく喋れないと思うけれど。
22日、千駄ヶ谷Loop-Lineに来てくれたら、きっとわかるよ。
「あの夜」が好きな人、お待ちしています。

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お昼から夜まで酒を飲みながら鍋を食べ続ける大会やってきた。
しかも3人で、一人は酒のみでほとんど食べず。
豆乳鍋っておいしいよね。
昆布いらない説があったけれど、さりげなく昆布が投入された途中からの方がおいしかった。(よね?)

いろんなことを忘れている気がする。
そろそろライブも再度告知しなきゃなぁ。
明日の高円寺、無力無善寺の竹野君ワンマンでフライヤー配りたいな。
シールド忘れず持っていかなきゃ。
忘れそう。
サチちゃんに村上春樹「スプートニクの恋人」借りた。

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斜陽

部屋が散らかっている。
頭の中も散らかっている。
どちらも収納が少なく、使い勝手が悪いせいで、色んなものが出しっぱなしの積み上げっぱなしの散らかりっぱなしなのだ。
混沌の小宇宙。
寒い部屋で凍えるように歌い、ギターを弾いて、興に乗ってきたので作曲。
いい感じ。
最近、録音しないとメロを忘れちゃうんよねぇ、と思いながら近所のフツーの喫茶店へ逃亡。
ウッディな店内、いなたいオールドスクールな珈琲をすすりながら、メール打ったり、太宰治「斜陽」を読んだりする。
太宰は面白いというか、凄いなぁと思うのだけれど、自分の人生もわびしく、悲劇的に思えてくる。
ビールとおやつを買って帰宅。
いい感じだった曲のAメロが思い出せない。
多分こうだった(そして多分違う)Aメロをつけて歌ってみる。
もとのより良くなってるぞ!と自分に言い聞かせる。
今日はとても寒いのだ。
ビールを飲むと、ギターを弾く右手のカッティングが心なしか乱暴になる。
何度も何度も、今日書いた歌を歌う。
一番新しい曲が、一番今の気持ちだから気持ちいいんだ。
明日は明日のメロがつく。
そういえば、「あの夜」では、客いれのときとかに、グッと来る曲を古今東西集めた選曲のCD-Rをかけようと思う。
途中までできているんだけれど、この作業をすると、長らく聴かずに買ったままだったCDを聴けたり、名曲に気付いたりするので良いんだ。
自分の履歴や気分を知ることにもなる。
あと、全然違う音楽がぴたっとくっついて、落差も気持ちいい。
で、もうすぐお風呂に入ります。
お風呂で考え事をするんだけれど、考えがまとまる前にのぼせちゃうね。
今日は気分のアップダウンが激しいや。
苦しくっても、喜怒哀楽はあったほうがいいと思う。
なんというか、生きてるってそういうことなんだと思うんだけど、どうかな?
間違えて、間違えて、生きてることさえ間違えで、それでもなお、生きている。
喋ればつばが飛ぶし、歩けば足跡がつく。
それが全てとは言わないけれど、それがあるから生きていると言えるんじゃないかと、なんとなく、思っている。
君の生き方は間違えていないよ。
なぜなら、俺の生き方も間違えていないから。

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サンタへの手紙

さんたさんえ。
さむくなってきましたね。
せかいぢゅうのこどもたちのおねがいをきいて、とってもいそがしいこととおもいます。

ぷれぜんとには、すきゃなーか、でぃーぶいでぃーぷれいやーがほしいとおもっています。
どおしてかとゆうと、じぶんでおえかきをして、しーでぃーのじゃけっとをつくったり、ぱそこんじゃなくて、てれびででぃーぶいでぃーをみたいからです。
げーむとか、ぽけもんとか、そおゆうのは、いりません。

そのために、ぼくは、ことしとってもよいこにしていました。
(でも、さいきんはすこしだけ、わるいこみたいです。
おんなのこのおともだちはふたりいじょうつくってはいけないみたいです。
ぼくはなかよしのおともだちはたくさんいたほうがいいのになぁとおもいました。
ちなみに、つきあうともだちはけっこうしびあにえらびます。)

きょうは、がんばってかいしゃにいきました。
よじかんはたらきました。
しょむのおんなのこと、てぶくろのはなしをしました。
ぼくが、てぶくろをすぐなくしてしまうことをゆうと、おんなのこは、「こどもみたいに、ひもでつながっているやつにしたらかわいいよ。『みんと』みたいなの」とゆいました。
ぼくは「へぇ」といってすこしあるいてから、「それは『みんと』ぢゃないよ。『みとん』だよ。」っておしえてあげました。
ぼくのあたらしいてぶくろは、ゆびさきがあいてるやつです。
さむそうだからつかっていなかったけれど、てぶくろをつけたままで、ほんもよめるし、『こぜに』もだせるので、なかなかべんりです。
さんたさんは、『みとん』をつかっていそうないめーじです。

ちなみに、ぼくのいえには、えんとつがありません。
いまどきえんとつがついているのは、『せんとう』くらいのものです。
じだいさくごにも、ほどがあります。
『せんとう』とは、おふろやさんのことです。
それでも、くつしたはぶらさげておいたほうがよいのかな。
ぼくも、もっとちいさいころには、まくらもとにくつしたをおいて、りょうしんをよろこばせていたものです。
おちゃめ。
ってかくと、『にんげんしっかく』っぽくなります。

ながくなりましたので、いまいちどようてんをまとめます。
すきゃなーか、でぃーぶいでぃーぷれいやーがほしいとおもっています。

いま、きがついたのですが、『ふぇんだー』の、じゃず・べーすでもよいです。

ぼくがいまつかっているべーすは、『やまは』の、びりー・しーん・もでるです。
『ぼあだむす』とか、『ひろみっくす』とかのしーるが、ぺたぺたはってあります。
もっとはづかしいしーるもはってあります。
げんがさびまくって、ほこりまみれで、じぶんでさわるのもちょっとひくぐらいきたないです。
ぼりゅーむはせってんふりょうをおこしていて、おとがでなくなることも、ままあります。

ここまできてさらにきがついたのですが、はーどでぃすく・れこーだーもほしいのです。
いまつかっている『ふぉすてっくす』のれこーだーは、どんどんぼたんがめりこんでいって、そろそろさいせいもていしもできないのです。
たぶん、これがいちばんさしせまったもんだいです。
すきゃなーと、でぃーぶいでぃー・ぷれいやーは、がまんします。

ぼくは、おとなになったら、『しぶさわたつひこぜんしゅう』をぜんかん、そろえたかったです。
わりとおとなにはなりましたが、おかねもないし、あたまもどんどんわるくなります。
むらかみはるきさんがなくなったら、『むらかみはるきぜんしゅう』がかんこうされるのでしょうか。
ふきんしんですが、わくわくします。
もしもぼくがいなくなったら、『さんとろにくすぜんしゅう』をだれかでっちあげてもよいとおもいます。

そおいえば、きょうはくにつぐくんがはなしかけてきました。
くにつぐくんは、いいやつです。
かいしゃのじはんきに、いつのまにか、だいどーの、しゃべるじはんきがはいっていました。
しかも、ぽいんとをためるとぷれぜんとがもらえるのです。
くにつぐくんは、『たみや』の、ろごいりのてぃーしゃつがほしいみたいです。
もしかしたら、『しんじつのあい』もほしいのかもしれません。
(だいどーのじはんきでは、『しんじつのあい』は、てにはいりません)

ぼくはそれから、『かーどいれ』と、『しつないばき』(あったかいやつ)もほしいです。

ここまでよんでいるひとは、そうとうひまなひとか、さんたさんだとおもうのですが、14にちの、たけのくんのらいぶはなくなったみたいです。
17にちの『むりょくむぜんじ』、22にちの『あのよる』にあそびにきたらよいとおもいます。

ひらがなでかいていると、『あるじゃーのん』になったきがします。
そおいえば、らいねんは、ねずみどしです。
これまでのとうけい(ふたり)によると、ねずみどしのひとは、ねずみがにがてで、しゅうしゅうへきがあるようです。

さんたさん
ほんとうにながくなりました。
ぼくがほしいもの、おぼえてますか?
もちろん、それいがいのものをもらってもうれしいです。
よろしくおねがいします。

ばいばい。

てるゆきより

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インスタントな悟りと忘却

昨日の晩、「羊をめぐる冒険」読み終わった。
眠りは浅く、しばらく夢うつつ。
今日はカウンセラーの言うことを聞いて、最初から休みにしていたので、目覚ましもかけずに寝ていた。
昼頃、お腹が空いて起きた。
それでも起き抜けは悪い。
一度8時くらいにも目覚めた。
そのタイミングで起きても良かったのだけれど。
今日は普通に仕事に出られそうな気もしたけれど、明日は出るのだと思うと、時間が経つにつれて若干憂鬱。

午後4時くらいに喫茶店に行って、豪快にパスタとケーキのセットを食べた。
隣に母子連れが来て、女の子は最初から食べ物が食べたいと言っていて、母親は今日は小銭入れしか持ってきてないので無理と言い聞かせていたので、若干居心地が悪かった。
女の子は、そんなに悪い子にはしていないしかわいい子だったけれど、お母さんは機嫌が悪いらしく、やたらと早口で邪険な態度をとっていた。
お母さんは長い時間子供といるから、子供を自分と対等なものとして見すぎるのだろうか。
店に置いてある村上春樹の短編集から短編を2本読み進めた。
村上春樹が作家らしい作家なのか、というのはともかくとして、洗練された確固たるスタイルを持っていることは間違いない。
ドラマティックなストーリーも作ることができる。
ただの妄想やレポートじゃなくて、ちゃんとした小説、というところがいいね。

昨日レコード屋で、店員さんが洋服屋の店員らしきお客さんとユニクロの悪口を言っていたのを思い出した。
残念なことに、俺はユニクロのズボンを履いていたのだが、二人とも気付かなかったか、そもそも俺が眼中になかったのだろう。
別にユニクロに過度の思い入れもないし腹も立たないのだけれど、洋服屋にしてみれば脅威というのはなるほどなぁ、とは思う。
若い人は結構そこはフラットに捉えているんじゃないかなぁと思った。
どちらに肩入れということもなくて。
財布の都合は勿論あるにしても。

手帳はここ数日白いまま。
勿体無いので、過ぎた予定まで書き込んでみた。
開いてみると、やっぱり忘れっぽいんだなぁということには気付く。
これまで手帳を使うことが習慣づかなかったので、今年こそは、と思う。

新しいことを始めるにあたって、自分の思考能力が低下していることが問題だなぁと思った。
全てはぼんやりしている。
さっきも風呂で「凡庸」について考えたのだけれど、もう忘れてしまった。
こうして俺は日々色々と考えているのだけれど、学者でもないし、作家でもない。
世でいう音楽家ですらない。
日常生活を送りにくくしているだけだ。
といって、やめることもできないけれどね。

新しいことには、何かしら意味があるだろう。
人間の歴史を見るに、繰り返す、という意見もあるけれど、いつだって新しいことを追い求めているのだから。
一人の人間の人生だって、そうなんじゃないのかな。
繰り返しているようでも、より良い結果を求めているんじゃないかな。
俺も新しい試みとして、もう少しつながりを作っていけたらいいんじゃないかな、と思っている。
今までほとんどそういうことをしていなかったけれど、「あの夜」もそうだもんね。
一人一人も素晴らしいけれど、そういう人を集めて新しいイメージを作るのも悪くない。
今日も散漫になってしまったけれど、新しいこと、どんどん考えていこうと思う。
今日は2曲書いた。
ガールフレンドについてと、インスタント・コーヒーを比喩にした曲。
俺自身はなかなか行動範囲は広がらないのだけれど、新しいことには飢えてるみたいだ。
毎日毎日生産して、埋め尽くしたい。
そういう欲求がある。

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サラリーマンになるつもりじゃなかった

昨日の晩は、いろんな考えが渦巻いていて、ぐるぐるし続けていて、なんだか寝ているのかそうでないのかわからない状態が明け方まで続いた。
で、結局14時少し前まで寝ていた。
起きて、新宿まで出て少し買い物。
街はクリスマス一色だ。
嫌いってわけでもないし、趣味がよければクリスマスは楽しいものだ。
恋人でも友達でも家族でも、あるいは一人でも、プレゼントを買ったり、ちょっとした余裕を生活にもたらすっていうのは悪いことじゃない。
自分のために、良いかほりのハンドクリームを買ったり、指の出る手袋を買ったり、プレゼントを選んだりした。
最近、どんどん貧乏になっていくのだけれど、クリスマスなので、と理由をつければ、わくわくして買い物できる。
ボルサリーノのシャレオツな帽子が欲しかったけれど、我慢。

西新宿のレコード屋には、クリスマスの影響は特に及んでいなかった。
これはこれで、ありがたいことです。

来年のことだけれど、2本ライブが決まりました。
1月6日(日)、3月29日(土)、どちらも阿佐ヶ谷ネクストサンデーです。
http://nextsunday.jp/
詳細は決まり次第発表します。
ぜひ、遊びに来てください。

村上春樹の「羊をめぐる冒険」読んでる。
好きなんじゃん、と言われた。そうらしい。

ソニア・パークのショッピング・マニュアルみたいな本が欲しい。
服やら雑貨やら、色んな素敵アイテムについて1ページ写真、1ページ解説という贅沢な構成の本。
ちょっと高いけれど面白そうだった。
あれを読むと物欲が駆り立てられるのか、止まるのか。
寝る前に読みたい本。
多分買うんだろうなー。

時間が欲しい。
色んなことをくるくる考える時間、感じる時間、ギターと歌の練習をする時間。
お金も欲しいのだけれど、仕事には行けていない。
土台、俺にサラリーマンなんて向いていなかったのだ(全否定)。
予感あったんじゃない?と言われたら、うん、あったよ。
父親の数少ない尊敬する点として、何はともあれ、サラリーマンとして勤め上げたということがある。
俺にはできない、とずっと思っていた。

20歳がひとつのターニング・ポイントというのは、まあ、そうだったのかもしれない。
ただ、自覚的じゃなかった。
何かをやりたいけれど、何かが何なのかは分かっていない、そういう子でした。
今もそうなのかも知れないけれど、30歳っていうのも同じように、ターニング・ポイントなのかも知れない。
10年間のじたばたを、次の10年間でどうしていくか。
2007年は、闇雲なわりにそこそこうまくいった年なのかもしれない。
仕事以外では。
2008年は、もう少し明確なヴィジョンをもって取り組んでもいいのかなぁ、と思う。
30歳を迎える年でもあるからなぁ。
俺は、多分、もうこのままじゃいられない。
なんとなく受動的に流れ着いた役割を、能動的なものに変えるには。
オノ・ヨーコみたいに、びしっとくるコンセプトを自分の人生に与えたい。
幸い、12月には、まだ新年に向けて助走をとる余地があるみたいだ。
(年の切り替わりにどれだけ意味があるのかはともかく、何かを始めるのには、いいタイミングだ)
20代がじたばたする10年間なら、思い切りじたばたする1年を送るのもいいかな、と考えている。

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人(生)についての雑感あれこれ

ここのところ思ったこと。

人はどんなに相手を思いやっていても、近づいても、愛していても、理解し得ない部分が互いに存在する。
それは違和感として、あるいはどうして違うの?という気持ちにもなるのだけれど、その違いがそれぞれ個人の個性につながっている。
例えば、俺はお酒を飲む。君は飲まない。とか。
赤が好き。とか、緑が好き。とか。
そういうことが全ての些事にわたってあるわけだ。
全てが同じだったら、二つを見分けることはできなくなるだろう。
二つが一つになっちゃうんじゃないかな。
もしくは、同じ形のコップが二つ並んでいる。
そんな風に。
そうじゃないから、互いに持っていない部分があって憧れるのであって。
違いを認めよう。

それから、人は成長する。
少なくとも歳はとる。
何らかの困難を乗り越えていったりもする。
で、今、自分達は困難に直面している。
それぞれの困難。
他人の困難は、自分の困難ほどには深刻に見えないことが大抵ではあるけれども。
それで、何を言いたいかというと、人間は、生きている限り、何かしらの困難からは逃げられないんじゃないかな。
仕事がうまくいっていても家庭はごたごたがあったり、その逆もあるし。
仕事も家庭もうまくいっているけれど、自分の体がぼろぼろだったり。
現代社会がその困難の度合いを強めている、ということはあるかもしれないけれど。
さて。
問題は、そうだとして、どうやって生きていけば幸せなのかな、ということだよな。

今週、俺は引きこもりだったんですよ。文字通りのね。
今日は外に出て、人(相棒?)と話してきたけど。
本当はね、そろそろ「あの夜」も近づいておりますよ。
帰ってきたらメールが来ていたので、来年のライブのブッキングを何日にさせてもらうか考え中。
早いか遅いか。
お客さんが来てくれるのか、俺が成長できているのか。
うーん。
で、この話がどこにつながっていくかなんだけれど、一番自分が誠実な時間というのは、一人の時間だよね。
嘘をつきようがないから。
次はきっと、親しい人と二人でいる時間。
三人以上になったら、小さな社会という感じになるんじゃないかな。
少しずつ自分を小さくしていくことになるだろう。
人数が多くなればなるほど。
「あの夜」でどんなライブをやるか、あんまり考えられていないのだけれど、要は俺の表現をどういうものだと表明するか、なので。
会場のセレクトにも出ているけれど、極めてパーソナルな、一対一で心を開いて話し合う、あの感じ。
もしくは、自分との対話、かな。
で、ちいさな感情をぐぐっと掬い上げてやる。
それを音楽として、どうするかですね。
できるかな。

仕事では引きこもりの氷河期だけれど、プライヴェートでは、進んで炎の中に身を投じている(ように見える)。
偉大な後ろ盾を得ているからこそ、俺は不安というドラゴンを狩り出す旅に安心して出ることができるのです。
そこで俺は自分自身の不安とも向かい合って、戦いを挑むこともできるようになるはずなんだ。
この季節はいつまで続くのかもわからないけれど、神様の贈り物と考えよう。

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ねむり姫 IN THE CITY

新曲のみ、9曲。
聴いてください。

「Now & Then」
今は昔の物語 お姫様を迎えに行くよ
気障なセリフときび団子 楽器にぶら下げて迎えに行くよ

あの子の羽をむしるのはやめにしてくれないか
あの子の羽に包まれて眠るのが好きなんだ

大きなつづらと小さなつづらと あの道この道
忘れてしまうよ
なくしたギターは金のギターですか 銀のギターですか
俺はこれでいいよ

あの子に夢を見せるのを俺の仕事にしたいよ
あの子の夢に紛れ込んで眠るのがすきなんだ
あの子に夢が見せたくて俺は仕事がしたいよ
あの子の夢で縛りつけて眠らせてほしいんだ

「SHAKE」
寒くてたまらないから さびしくてたまらないから
冷たくてたまらないから 辛くてたまらないから

惨めな気持ちになる前に この手をそっと握ってくれよ
一人でしなくていいように 君の手で握ってくれ

会いたくてたまらないから 会うことが叶わないなら
会えなくて構わないから 諦めてしまえないから

惨めな気持ちになる前に この手をそっと握ってくれよ
一人でしなくていいように 君の手で握ってくれ
雪が降ってしまう前に 雪解けの音を聴こう
背伸びをしなくていいように 君の手で握ってくれ

耳元で口元で指先で触れ合って
つまづいてつま先で鼻先でこじあけて
色合いは混じりあいぶつけ合う匂いの花を
ちりばめてぶら下げて確かめて

「ドメスティック」
TVではどうでもいい無駄な知識を
繰り返しひけらかし無邪気なもんだな
君も笑った
平凡でつまらない退屈な日々を
それなりに楽しめるようになったのは
君のお陰か

ああ今僕が知っておくべきなのは
争いごとやスポーツじゃなくまつりごとでもなく君

英会話 政界や角界やアイドルたちの
醜聞が新聞や伝聞をにぎわしている
窓も開けられない
情熱を失ったアスリートの肖像画
もう一度立ち直る気力を与えてくれ
君はお出かけか

ああ今僕が知っておくべきなのは
争いごとやスポーツじゃなくまつりごとでもなく君
ああ今君が知っておくべきなのは
殺人や強盗 動物じゃなく世界に切り捨てられた僕

「T.P.」
時計の針を廻して君に会いに行こう
時空の軸をゆがめて君に会いに行こう

つかまるのかな 消されるのかな
タイムパトロール 見張ってる

時計のベルトゆるめて 君の細い腕
誰も邪魔しないように 遠くへ連れてゆこう

つかまるのかな 消されるのかな
タイムパトロール 見張ってる

「Telephone Line」
君の声を聴くと僕は涙が出ちゃいそうさ
意味のない世界に生きているんだもの
君の小さな耳に僕が飾りをつけるとき
君の眼に真珠の玉が浮かんでくる

もう行かないで 一人じゃつまらないことは
君も知っての通り
氷の世界 春を待つ小動物の夢にそっと忍び込んだ
身近なとこから溶かしてあげるよ 熱い息で指で

君の声を聴くと僕は涙が出ちゃいそうさ
意味のない世界に生きているんだもの
君の小さな耳に僕が飾りをつけるとき
君の眼に真珠の玉が浮かんでくる

Telephone Line

望みかなえて二人で誓い合ったあとは
君も知っての通り
炎の世界 夏を待つ草花の色は僕が塗っていたんだ
苦手なとこから認めてあげるよ 君を受け入れるよ

君の声を聴くと僕は涙が出ちゃいそうさ
だけど泣かないのは格好つけているんだもの
君の小さな指に僕が命をあげるとき
僕の眼に無数の僕が映っている

電話をかけてくれよ 今日は不安で壊れそうさ
電話をかけてくれよ 僕のハートを盗んでよ

Telephone Line

「缶詰」
缶切りでキコキコと開けちゃった
君の缶詰を食べちゃうよ
毎日食べても飽きないよ
君の缶詰 ああ おいしいよ

サンドウィッチに パスタに そのままでもいいみたい

君のことをおいしく食べちゃった
君のことを骨まで全部ね

勘違いしていただけなのかい
始まりのことなんて忘れたよ
キャンベルスープかオイルサーディンか
君の缶詰が並んでいる

夕食に ランチに 朝からでもいいみたい

君のことをおいしく食べちゃった
君のことを骨まで全部ね
君のことを欲しくて欲しくて
君のことを骨まで愛して

「おせっかい」
君のことを考えて歩いていたんだ
おせっかいを焼きながら歩いていたんだ
君の笑顔思い出し眠れなくなった
可能性が薄い肌 染め上げていった

僕は君の柔らかいとこに土足で踏み込んで

僕は君のことが好きだよ
君のことも好きだ
僕は君のことが好きだよ
誰よりも好きだ

僕は君と腕組んで歩いていたんだ
そんな夢を見たような 見なかったような
君の靴も服装も覚えているよ
忘れたって覚えてる 思い出してやる

川のそばの柔らかい草に腰を下ろしながら

僕は君のことが好きだよ
君もそうだといいな
僕は君のことが好きだよ
続いてくといいな

「No Reply」
ねぇ 聴こえるかい? 俺のこの歌が
ねぇ 眠れるかい? 一人きりの部屋で
心配してしまうんだ 返事を聞かせてよ

夕焼け小焼け 流れる雲の下で
君と影法師 伸ばしてみたいんだよ

ねぇ 聴こえるかい? 君のその声で
本当のことなんか 神様にまかせておけよ
心配してしまうんだ 返事を待っているよ

冷たく冷えた氷のような指で
俺の背中をなぞって欲しいんだよ
研ぎ澄まされたナイフのような指で
俺のバターを溶かして欲しいんだよ

分からない
今ここにいるだけ

「糸電話」
君の気持ちは分からないけど
糸電話のようなものでつながっている
どんぐりが交じった落ち葉を踏みつけて
君の秋色のマフラーに見とれて

君を守りたい 君を救いたい
君を守りたい このままじゃもう駄目だよ

軽はずみだっただけかも知れないけど
嘘なんかじゃないことぐらい分かるよ
ペンキを手に入れた 街中に塗りつけて
君が恋しかった色合いに染めるよ

君を守りたい 君を救いたい
君を守りたい そのままでいちゃ駄目だよ
君を照らしたい 君を隠したい
君を救いたい このままじゃもう駄目だよ

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Mellow Yellow

パーカーの上からマフラーぐるぐる巻いて家を出た。
雨が降っていたことは知らなかった。
相変わらずへとへと。
会社に電話して休みをとって、惰眠を貪った。
通院の前に気晴らしをしたかったけれど、寝過ぎて失敗。
通院でへとへと。
先生は感情を殺した流れ作業なんだもの。
電車で気分悪くなったのに、採血もされたし。
ドトールに入ってきたじいさん達がうるさい。
まだもやもやしてるから、こういう些細なことが気になるんだな。
強く優しく生きたい。

紅いもみじも綺麗だけれど、黄色い銀杏も綺麗だな。
こういうこと書きたかった。
代々木公園のベンチで空を見てたんだ。
昨日。
誰か飲みに行ってくれる人いないかな。
サシ飲み限定。
ちょっと逃げたいだけ。か。
じいさん達本当うるさいな〜。
学生のコンパみたいだ。
魚民行ってくれりゃいいのに。
CD聴いて、多摩センターに帰ろう。
なんにもない。
連日の暴投、恐縮です。
「ねむり姫〜」もそのうち全曲UPします。
俺が間違えてたよ。
これでいいんだ。

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足音

恥の多い人生を送って来ました。

俺もそう思う。

これを読む人には、君のせいじゃないから、どうか気分を害さないで、と言いたい。
そして、抱き締めたい。

つまらないこと(つまらないわけではないのだが)で、心をずたずたにしてしまった。
そうしたいわけでなくても、心は傷つくと触れ合った心を傷つけるものらしい。

俺があほならそれでいいと思っていたけれど、そうじゃなくて、今もひきずってショックなまま。
へとへとになってよだれを垂らして眠って、夜中に起きて小さい電気を消した。
耳のところで血流がとくとくと鳴るのが聞こえた。
人間の鼓動は足音にも似ている。
近付いて、去って行く。
ゆっくりだったり、早足だったりしながら。
ということを発見。
それからまた寝たら、荒唐無稽な夢(これはちょっと面白かった)の後に、ひどく嫌な夢を見た。
自分が認めたくないけれど、思っていることを告白させられる夢だった。

夢の中くらい、放っといて欲しい。よね。

玉葱の皮を剥いていくと、中核には何もない。
そういうことだってある。
全てを理解しないことで、全て救われると思ってた。
なんでも素直でいいと思ってた。
違うんやね。
知らなかったよ。
こういうことがあるから音楽をやるんかな。
言いたいことを、言葉以上に言い尽くせるもの。
分からない。

あほの発言ゆえ、数々の無礼と考慮不足とをお許し下さい。

ねぇ、俺も眠り続けたくなったよ。
こういうことなんやね。
明日には治ります。

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