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普通の表現

普通の表現について、ここ数日考えている。
ドラマチックな表現を見ると、おいおい、そんなのねーよ!って思ったりする。
それはそれでまぁありなんだけれど、人工甘味料というかプラスチックというか、遊園地というか、普通じゃないんだよね。
で、普通すぎると、それはそれで心を揺さぶらないというか、感動しない。
普通の中の驚きというか、そういうものに心が動くと思う。

普通って、難しいよね。
俺たちの生きてる全てが普通であって。
ある日突然大金持ちになるのも、不幸のどん底に落ちるのも、幸せになるのも、新聞に載るのも、その新聞を見てるのも、普通の延長。
この世は普通で出来ている。
だから、普通のことを表現して心を動かせたら、それって本当に凄いことだよ。

昔のことは忘れた方がいい。
忘れなくてもいいけど、これからを良くする方法を本気で考えよう。
毎日思い知らされるよ。
この一日はもう来ない一日。
同じようだけど、絶対繰り返さないね。

毎晩、自分の新しい録音を聴いて寝てる。
今までのよりずっといいし、かなりいいと自分では思っているけれど、100%じゃないことに気づいてる。
ささくれがあると、それが気になって、今回は、それは取りたい。
トータルでの完成度が全てだし、いい曲でも外すことはあり得る。
引き合いに出すのも恐れ多いが、BEACH BOYSにはいいアルバムが沢山あるけれど、「PET SOUNDS」が名盤ともてはやされるのには、その純度にあるんだろうね。

本当はね、差し替えようと思って、毎日早く帰ってギターを持っているんだけれど、何にも出てこないんだ、これが。
出るときは1日3曲でも出るけれど、出ないときはもう二度と曲が書けない気もするし、しばらくそれが続いたりもする。
もうちょっと続けていれば、あんまりボツ曲も出さないように成長すると思うけれど、今は時間をかけて客観的になって、必要ないものは削ぐことで学んでいる。
自分にとって、本当に必要なものとか、本当に聴かせたいものとか。
書きすぎたかな。
でも、最近毎日、こんなことを繰り返しているんだ。

普通って、やっぱりいいよ。
しみったれた普通じゃなくて、普通の中の美しさに一番どきどきする。
普遍性っていうのは、実は個性なんだと思う。
顔の見えない普遍性なんかに共感はできないよね。
自分の半径1メートルは、実はみんなの半径1メートルだったりするんじゃないかな。

君の普通の美しさを、ダイヤモンドみたいにバキバキに結晶させてやりたいんだ。
現代の、胡散臭い錬金術師としては。

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